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超高齢化時代の住宅のあり方
超高齢化時代の住宅のあり方を年齢順に実例で箇条書きに纏めて見よう。
1・20歳半ば、親もとを離れて自立、借家住まい、借家市場はアメリカ年間650万戸、日本は僅か15万戸であるが、これからは増えると思われる(戦前、都会に住む日本人は借家住まいが普通であった)。
2・30歳結婚。2,000万のマンションをローンで買う。または1軒家を建てる。マンションも戸建て住宅も100年保つものを作る。修繕積立金を現在の3倍くらい掛けて、10年ごとに(大規模)修繕を行い常時手入れをし、高価に売れる付加価値を付ける。転勤になったら、家を一部または全部を賃貸にして(賃貸しやすいようにバス・トイレユニットは各室につけてメインの動線とは別の通路を作っておく)もう一軒家を買うか借りる。前述した2箇所居住である。これは計り知れない経済効果がある事も前述した。
3・40歳で8,000万の家(マンションまたは戸建て)を買う。上述のような手入れをする。戸建住宅もテーラーメイドのような汎用性の無い家は減ってくる。常に家は買う人の立場になって作られる。個性的な家は高くなって売れないからである。自分の都合だけで作る汎用性の無い家は転用がないので嫌われる。100年建っても住みたくなるような普遍的で機能的でハードよりもソフト重視の家が好まれる。暖かい土地、地域コミュニティ、ロケーションの方が単体の家よりもより重要視される。環境・気候・街並み、さらに良い地域コミュニティの有無で家の価格が決まると言っても良い。さらに専門家は容積率、建蔽率、地盤の良否、道路付きの良否、単体としての建築の優良さもカバーしなければならない。
勿論、家は100年いや200年持つものを作る。100年住宅・200年住宅には国から補助金が出る制度もまもなく確立する。木造でも鉄筋コンクリートでも(耐火被覆した)鉄骨造でも、しっかり手入れすれば200年は持つ。家作りは一生に一度でよく、美しい街並みに調和するように、全体都市計画の中で建築は作られ、外観をそのままにしインテリアや設備を改良しながら使われ続ける。
国交省は「住宅の長期利用促進法」の制定へ動き出した。建設と不動産を一体的に振興するため「200年住宅」に2008年度135億円の予算をつけている。また国交省は200年住宅の認定基準作りを急いでいる。長期優良住宅として認定を受けた住宅には、固定資産税など税の軽減、さらに建築確認申請の省略すら認めようとしている。
中古市場は、周辺地域の取引相場が優先され、住宅の性能などについて考慮されず、業界の慣行で住宅は「20年が経過するとほぼ無価値と査定される」「価格査定方式もあいまい」と、ネガティブな要因がある。家はしっかりした手入れをし改修していれば物件価値が落ちにくく、標準的には相場より8〜10%上乗せした価格で評価されている。数千万円の「8〜10%」は大きい。住宅の場合、土地の値上がり益がカバーするので、家屋の価値が下落しても気にする必要はなかったという背景がある。購入と売却の金額の差が、大きくプラスになることが過去には珍しくなかった。しかし、そのような「土地神話」が期待できなくなれば、やはりシステムが変わる必要があるわけだ。将来建設業は巨大産業ではなくなり、人口の一割を占める土建業は縮小される。生き残れない。土木建設業も建築家も今世紀半ばに半減し、今世紀末には1/3以下になる。システムデザイナーとして政治も経済も分る建築家が重用される時代となることは疑いが無い。
4・55歳で1億5千万の終の住み家を買う。子供が巣立つと家の一部を賃貸する。賃貸しやすいように初めから作っておく。あるいは、高齢者のためのデイハウスやテンミリオンハウスのように自治体に賃貸する、あるいは売却する事も望ましいと思う。
5・65才で停年、医療制度も整備され元気老人として、あと20年から30年終の住み家に自分年金で悠々自適住み続ける。また、元気老人は街中に住みたがる。余生を送る自分の趣味が満足させやすいからである。劇場や美術館、スポーツ施設などが近いからである。畑いじりが好きな老人はビルの屋上の賃貸畑や田んぼで野菜や稲を作ったらよい。田舎は好まれないのである。屋上にゲートボール場と田んぼとヘリポートのある老人専用マンションが銀座に計画されている時代なのである。
土地の所有権も公共のためにさまざまに制限され、整備された都市計画がなされ、現況の百鬼夜行のような街の景観も、徐々に美しく統一されて行くであろう。私権の制限も時代の流れである。環境・共生・公共福祉がすでに21世紀の旗印になっている。
まとめ
建築家が世界的に政治力の無いのは本質が芸術家であるゆえ、やむを得ないかもしれない。世界的建築家故黒川紀章が自ら癌であることを知って、晩年を政治に捧げたいと言ったのは私は理解できる。建築家たるもの、政治と経済とさらに医学を学んで、良い社会を作り上げるため、社会システムをデザインし、「デザイン大国日本を作ろう」と再び言いたい。これを基盤に社会の行く末を見つめ、確かな見通しの上に立って、日々の業務に使命と信念と情熱を持って真のプロフェッション・リーダーとして余生を生きて行きたいと考えている。
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