| 【18・自然環境を守ろう】 |
6年前の阪神淡路大震災を経験して,建築家として天が大きな試練をわれわれに与えたと理解した。震災直後3回にわたって現地を訪れ、近代都市がもろくも一瞬のうちに崩壊した姿をつぶさに目の当たりにして来た。
建築家は、社会の要請と言う名目の下に経済・効率を優先させ大自然の破壊し続けたて来たことを厳しく反省しなければならない。動植物を生み育む大自然の空気や水を汚し,山を削って海を埋め自然を破壊しながら、近代都市を造ってきたことを多いに反省し、先ず自然に対する畏怖の念を持たなければならない。
大震災は大自然の人類に対する警告であり、われわれは建築家だけではなく多くの他分野の専門家とタイアップして、自然を破壊しない都市の形態を考え提案し、実現する義務を持っていると感じている。
運河を埋め高速道路や鉄道を作ることが、経済優先の枠組みの中でローコストゆえ当然の事として実行されてきた。ハイウエイの倒壊がその誤りを如実に指摘した。地震は確実に構造的,技術的な弱点を突いてくる。
小学唱歌の「春の小川」の川は現在は無くなっている。その上に某私鉄が走っているのだ。土地買収に費用を掛けない為だったと思われる
作詞・作曲者の碑が線路際に寂しげに建っているのみである。
ある程度自然を切り開き破壊しないと街造りは出来ないと言うことも誤りではない。しかし自然を、いや地球を破壊しない都市造りの方法・手段は必ずある。
江戸の街は運河に囲まれたれていた。東京になって運河は姿を消した。この運河が防災には多くいに役立つのである。更に森があれば防災上はきわめて有効なのである。200坪から1000坪くらいの「もっこく」のような常緑樹をびっしりと密生させた森が望ましい。ビルの密集した既成市街地に運河と森を作れと言っても無理な注文ではある。都心を少し離れた副々都心なら可能であろう。
出来る限り自然を生かし手を加える際も、水辺であれば「みずすまし」や「ゲンゴロウ」が生き続ける川の再製は技術的には可能だ。経済性は資本主義社会では,避けて通れない関門であるが、すべてはバランス感覚だ。
古来日本人は自然に親しみ、自然を畏れ自然の持つエネルギーを上手に利用してきた。大自然に対する謙虚さこれが,技術開発の基本姿勢であることを銘記しようではないか。
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