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【29・日本文化は男性的か女性的か】


 建築家として、日頃の設計監理業務に励みながら、文化について考え続けている。成座高校三年の冬、京都の桂離宮へ行った。松琴亭の襖を見て、「これはマニエリスムだ」と言ったら先生がびっくりした。早大二年の夏、日光東照宮を見て「これはバロックだ」と言ったら、同行の建築科の友人が不思議そうな顔をした。十年程前、パリのボンピドゥセンターで「これはゴシックだ」と言ったら、隣のアメリカ人が我が意を得たりと「シュアー、イグザクトリー」と言った。
 これらは感覚的な感想であるが、東照宮は紛れもなくバロック建築である。もっともこれらの呼び名は、後年美術史家が名付けて定着したものではある。ゴシックも、バロックも、ロココも、余り良い意味を持っていないのは面白い。
 ゴシックの名の由来は、ルネッサンス期の美術史家ジョルジョ・バザーリが、「野蛮なゴート人によって造られた無秩序で粗野な建築」という意味で用いられ定着した。
 バロックは、ポルトガル語の/バローコ(BARRCO)に由来し、「歪んだ真珠」という意味で、曲線の多い装飾過多の工芸品や建築などを軽んじる言葉として使われた。
 ロココ(ROCOCO)は、かなり軽蔑的な意味で、古臭く時代遅れのイメージを持っている。小石を意味するロカイユ(ROCAILLE)から釆た言葉で、小石の不規則な形から連想される装飾過剰のモトフを意味している。フランス人は、ロココという言葉を嫌って用いない程である。
 さて、日本文化は男性的であろうか、女性的であろうか0結論から言うと、両方であり、時代によりそれは異なる0奈良朝及び鎌倉時代の美術(工芸・彫刻・建築)は極めて男性的・叙事詩的造形性を見せており、これに先立つ平安朝は極めて優美で女性的である。
 私は、日本文化を「縮みの文化」や「わび、さびの文化」という言葉では表現できないと思っている。西欧に先駆けて、日本文化もルネッサンスからマニュリスム、そしてバロックからロココへと順序は福壊するが、展開してきたと考える。
 東大寺や興福寺の仏像の彫刻の素晴らしさは、その迫力といい、その男性的な美は、現代の我々に強く訴えかけてくる0鎌倉時代の運慶・快慶の彫刻もバロック以外の何物でもない。東照宮の陽明門の過剰な造形は、紛れもなくバロックであり、西欧の教科書に東洋のバロックとして必ず紹介されている。男性美の典型である。
 一般的に、現代の日本人は装飾過剰が嫌いで、素朴な美、白木の美を好む傾向にある。平安朝の美は、ロココの美に通じ、共に女性的であると言うと不思議そうな顔をする人が多い。平安朝の王朝文芸が女性的であり、男性が女性を装ってまで文芸をたしなんだという事臭からも、容易に理解されよう。
18世紀フランスの王侯貴族も、日本の平安朝の王朝貴族も、宗教とも政治とも、直接生産の現場からも遊離した、自由で享楽的な雰囲気の中で営まれ、洗練した美意識を持っていた0女性的な洗練さを深めていったと言えるだろう。
 平安朝に先立つ奈良朝期は、仏教的で政治的で堂々とした男性的装いを持っていた。西欧17世紀のバロック美術が、圧倒的な神の栄光を称える激情的豪華さを誇示し、ある種の猛々しさを伴って、男性的な装いを呈していたのと極めて似ている。西欧文化と比較しながら、日本文化の一側面を垣間見た次第である。

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