| 【08・ミャンマー仏教建築見学記】 |
三大仏教世界遺産建築の1つであるバガン王国址を見学するため、(因みに後の2つは、カンボジアのアンコールワットとインドネシアのボロブドールである)ミャンマーを訪れたのは2002年11月であった。アジア仏教建築、上座仏教の思想、無分別知、阿頼耶識など難解な仏教思想を久しぶりに勉強し直してから出かけた。ミャンマーは祈りの国である。仏を信じ、仏の慈悲に常に感謝する人々の顔には安らぎがある。老若男女全ての人に、貧しい人々にも心豊かな穏やかな表情がある。貧困は悪であると決め付けて、相変わらずカネカネと日々イライラし続けている、現代文明人が滑稽にすら見えてくる。私は仏教徒ではないが、信じることの心の豊かさは良く分かる。
この国にあるのは、「喜捨の心」自分の持つものを人に与える心であろう。この国の人は喜捨のとき、身をかがめ、膝間づいて与える。そのとき与えるものと乞うものに喜びが満ちる。炎天下、乳飲み子を抱える物乞いの母親に1000チヤットを与えた。喜びの色が目の中に輝く。しばらく後で、今日の食事の心配がなくなった母は、安心して木陰で乳のみ子に乳を与えていた。母と子の強いつながりを垣間見ることが出来た。餓えることの無くなった現代日本人が失った心の世界の大切さを強く感じた。現代日本人にある「豊かさの呪縛」を反省した。この「豊かさの呪縛」と言う言葉は、毎朝午前4時からのNHK第1放送の「宗教の時間」を毎日聞いている人から教えて頂いた。
ミヤンマーの荘厳な朝が明ける。東の空が茜(あかね)色に染まり、黒々としたパゴダのシルエットが少しずつ赤みを増してくる。ジュネーブに住んでいると云う若い女性と隣り合わせて、お互いに「ファンタスティック」とその美しさを称えあった。この南国の平原を埋める、建立当時5000余と言われるおびただしい数のパゴダ群、その建設の情熱はいったい何であったのか。
1044年パガン王朝の建国、敬虔な仏教徒のアノヤタ王はシュェジゴン・パゴダを建て、戦いそして祈り、国は豊かになった。人々は王に倣ってパゴダを建てそして祈った。
僧は尊敬され喜捨を受け、寺院は次第に巨大となり、やがて祈る者、商いをする者とのバランスが崩れて国家は弱体となり、1284年バガンは滅亡する。
往時の人々の住んだ家は草葺で、今は土に帰り跡形も無い。南国の植物の生い茂る中に、赤い焼成レンガのパゴダのみが、かつての栄華を偲ばせる。
国家の滅びた後の醜い残骸を曝すことも無く、跡形も無くその滅びた国家を自然に返す、アジア王国の文明のあり方は見事である。アンコールワットもそうであった。誠に得ることの多い旅であった。建築家協会の仲間と共にミャンマー政府の建築国際競技設計に佳作に入賞したお陰で、ミャンマーを訪れることが出来た。神(サムシング・グレイト)に心から感謝したい。
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