header
  
【09・歌とウイーンとブダペストの建築】


私と歌のなれそめ
 子供の頃から声が良いとおだてられて人前で歌っていた。ボーイソプラノとして教会や日曜学校で歌い出したのは十歳の時、本格的に歌い出したのは早稲田大学へ入学してからである。大学の4年間を建築科の学生というよりは,混声合唱団のテノールとして歌いつづけ、ショスタ・コービッチの「森の歌」を歌って日本全国の演奏旅行も経験した。4年生の時、同じ合唱団で後輩のアルト・パートの女性と知りあい4年後に結婚した。私が歌い続けて来られたのは彼女のお陰である。彼女(勿論私の女房)は小学校低学年から歌い続け、中学・高校で合唱コンクールの全国制覇を経験していた。そして家族全員で歌い続けることを提唱し、婦唱夫随でそうなったからである。あとは孫とステージに乗ることが夢である。
 最近では、ロータリー・クラブのチャリティ・コンサートで家内と並んで歌ったり、商工会議所主催のコンサートでプロ・オペラ歌手とジョイントで歌ったり,結婚式やお祝いの会やロータリーなどの色々な会に招かれ、プロと一緒に歌っている。
 ウイーンのニュイヤー・コンサートにも2日目の公演として、有名な「楽友協会ゴールデン・ホール」でコーラス・メンバーとして家族全員で2回も歌うことが出来た。ザルツブルグ夏の音楽祭でも歌うことができ、アマチュアとしては最高の栄誉で本当に幸せなことだと思っている。ゴールデン・ホールで歌った「ドボルザーク・ミサ」と「アイネム・時の歌」は2枚ともCDになっている。演奏については外交辞令もあるだろうが、何時も好意的な新聞記事を載せて頂いている。リハーサルに次ぐリハーサルで、いつもウイーンの街はじっくり見ることは出来なかったが、数回訪れたその印象を建築家の目で見て、ほんの少し語ってみたい。

ウイーンとブダペストの建築
 ウイーンは本当に美しい街である。現代建築が点在しバロック建築が街を形作っていると行って良いだろう。バッロク建築というのは一口にいって17世紀の建築であるが、ウイーンの街はバロック様式を主体として18世紀に建てられた建築が多くい。シュテファン大寺院はゴシックであるし、19世紀初頭に建てられた市庁舎もゴシック様式ではある。建築家として注目したいのは19世紀末に建てられた「世紀末建築」である。マジョリカ・タイルや金色に輝くメダリオンの美しい集合住宅群、旧カールスプラッツ駅、郵便貯金局などオットー・ワグナーの設計による建築群は、何時も私の心を捉えて離さない。ワグナーの高弟オルブリッヒの代表作であるゼセッション館は,植物的な装飾を頭に載せ古典的なリズムの形態の中にアール・ヌーボーの美を見せている。
 ハンガリーのブダペストへも足を延ばした。ハンガリーの19世紀末建築家オドン・レヒネルの工芸博物館,元郵便貯金局などの建築を見た時、マジャール人特有の明るくしかしどこか、もの悲しい情熱に満ちた美しさを感じたのは、夕暮れが迫っていたばかりではあるまい。チェコのプラハとブダペストは地形も似ているし、河があり、丘があり丘の上には王宮があるのに、そのムードは全く異なっている。プラハの風景はややかげりを帯びた内省的風景としたら、ブダペストのそれは正に情熱に満ちた物悲しさであろう。700年前に建てられたマーチャーシュ教会など確かにウイーンには無い東洋を感じさせた。


建築 地震 くらし 健康 旅 コンサート その他
top what's new concept works company site map links contact